こんにちは、高田です。
今日は、久々に僕のコーチングの姿勢について書きたいと思います。
なぜこの話題について書こうと思ったかというと
「コーチ前より怒らなくなりましたよね?締らないからもっと怒って下さいよ!」
と中学生の男の子にレッスンで言われたからです。
確かに以前なら叱っていたことも、今は我慢して見守ることが多くなっています。
なぜそのような姿勢をとっているのか、その根本の考えをアウトプットしたいと思います。
誰かにつくりあげられたものはいつか崩れるから
僕はこれまでの経験上、「言われてやること」や「言ってやらせたこと」は続かないと思っています。
言い換えるならば、「自分でやろうと思ったこと」や「やると決めたこと」でなければ続かないということです。
そして、続けることが出来なければどうにもならないと思っています。(関連記事:なにごともやり続けることに意味がある)
だから、僕が叱ってその場がおさまったり、その後も外面だけがよくなったりしても、それは中身としては何も伴わないということです。
また、そのうち「叱られないように」ということばかりが気になり、いつの間にか自分主体ではなくなってしまうのです。
だから、そのような考えから僕は最近ほとんど怒らなくなったのだと思います。
自分でつくりあげることの手伝いこそがコーチングである
ただ、今でもジュニアの練習をみていると、「そんなんでいいの?」と思うことばかりです。(笑)
どのくらいやればどこまでいけるのかを身近で見てきたからこそ、物足りなさを感じることは多々あります。
しかし、だからといってそこは僕が踏み込むべきところではないと思っています。
その子にとってその時期が来れば、必ず内側から変わってきます。
それが小学生のうちからある子もいれば、中学生や高校生になって芽生える子いれば、社会に出てから変わる人もいます。
僕はそういう子たちをこれまで何人もみてきました。
だから、僕はその時期が来るのを邪魔しないようにしなくてはいけないし、その時期が来たときに全力でサポートしてあげるのがコーチングのお仕事だと思うのです。
まとめ
こんな偉そうなことを言っておきながらまだまだ指導者としてひよっこなので、レッスン中はイライラすることばかりです。(笑)
ぐっと我慢していますが、たまにこぼれてしまうこともあると思います。
そんなときは「まだまだ青いなぁ」と見逃してあげてください。お願いします。
僕自身、もっとコーチングというものへの理解を掘り下げていく必要があります。
大切なお子さんを預かっているからこそ、それぞれのお子さんの人生にとって僕の下でテニスを習うことがプラスに働くように、楽しい思い出になるようにこれからも頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願いします!